米国で住所不定無職を経験|ランケンの経済英語スクール

経済英語スクールとは

住所不定無職

英語学校は韓国人の友達と遊んだりして楽しかったです。

しかし、13週間と言う短い期間。

シアトルのUniversity of Washingtonに行く事が決まってますので、いつまでも英語の勉強で遊んではおれません。



それはそれで非常に寂しいものでしたが、しょうがない。

楽しい時間をありがとうって友達に言って卒業です。

最後の日は、徹夜で朝までパーティーしてました。(もっとも、ほとんど週末は毎週徹夜でパーティーしてたんですけどね。。。)



英語学校の卒業は8月末でした。

一方で、University of Washingtonが始まるのは10月の頭。



大学院が始まるまで約一ヶ月強あります。

そのまま英語学校があるState University of NY at Buffaloの寮に住めれば良かったんですが、寮も夏休みで閉鎖されてしまいます。

寮を出ないといけないんですよね。



一ヶ月間、どーするよ???

日本に帰るのも飛行機代が往復でかかるし、そもそも英語の勉強も出来ないし。。。

英語学校も無く住むところも無いという事で、住所不定無職!



いやぁ、綱渡りでアメリカまでやってきましたが、ついに落ちる所まで落ちたかってなもんです。

アメリカでホームレスですよ(笑)。



こう言う時は外人の彼女でも作って、彼女の家に泊めてもらうってのが理想ですが、現実はモテナイ。。。(と言うより、相手にされない。。。)

しょうがないから、旅に出るしかない、と言う事で日本で大学にいた時に利用したアメリカ現地発着のキャンピングツアーを利用する事にしました。

一ヶ月間あるので、卒業旅行も行かなかったしフルに遊んでやろうと言う事にしちゃった。



調べてみたところ、アラスカのキャンピングツアーが一ヶ月間ありました。

住所不定無職でアラスカ行き、しかもキャンプと冷静に今考えると、修行か監獄に送られるか?位の勢いですが、まぁ楽しく行く事にしました。




アラスカ旅行は、イタリア人やオーストラリア人にドイツ人にイギリス人と毎度多くの人と一緒に楽しくすごしましたが、内容を細かく書いてるとシャレにならない位長いのでとりあえずハショリマス。



結論から言うと割と修行だった感じはしますね。

だって、9月の半ばのアラスカなんて零下ですからね。

鼻水が凍るぐらいの勢いで、オーロラが見えちゃう位寒い。



そこで死ぬほど遊んでキャンプですから、修行の域に入りつつありましたよ。

アラスカから戻る頃には本当に体を壊してました。。。

インフルエンザにやられて、もうヘロヘロ。。。



しかし、大学院の授業はもうすぐ始まってしまう。。。

アラスカ旅行が終わっても住所不定無職なので、とりあえずシアトルに着いてから住む所を探すと言う事になる訳です。

インフルエンザでボロボロだったんですが、その時はまだ活動できてたので何とかなってました。



学校が始まるまで2週間位早い時期だったんですが、無事University of Washingtonの大学の寮を確保しまして、とりあえずなんとか大学院に向けてスタートを切れる状況になりました。

学校の寮ってベッドと机しかないんですよね。

枕とかシーツとかも自分で買い揃えないといけないんですが、アラスカで使ってた寝袋をベッドの上に敷いて、しばらく寝込みました。



もっとも、2週間寝てるだけって訳にも行かず、ご飯も食べに行かないといけないしで、散歩なんかもしてました。

University of Washingtonは全米でも有数の美しい大学とされていて、初めてキャンパスを散歩した時はなんかガッツポーズをする位嬉しかったです。




インフルエンザで鼻水を垂らしながら散歩してガッツポーズしてた訳ですから、校内で歩いてる人からは相当奇異に見られた事でしょう。

2年以上前に考えてやりたかった事をここまで持ってきたって言う達成感はあったなぁ。

もちろん、今後大丈夫かなぁと不安だったのも言うまでもありません。。。




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